イラン シーラーズ③ 『 古代 宮殿遺跡 ペルセポリス』

2013.1.23

泊めてもらった物置部屋で迎えた初めての朝は、「本当に開けに来てくれるのか」という不安ではなく、空腹との闘いになった。
お腹が鳴って目が覚めてから約二時間後、9時を過ぎた頃にモハンマドはやって来て鍵を開けてくれた。
彼は軟禁を解くと、腹ぺこの僕を近くの軽食屋に連れて行ってくれ、トースト、玉子、ジャム、サラダといったイラン感のない朝食をご馳走してくれた。
夢中でパンにジャムを塗る僕に、彼は「寒くなかったかい?ちゃんと眠れたかい?」と訊いた。
正直部屋は寒かった。
ただ、彼に親切にしてもらったことで寂しさは伴わない寒さだったので、
その思いから「よく眠れました」と答えた。
今日の予定は?と訊かれた僕は、「昨日(モハンマドも)教えてくれたペルセポリスに行こうと思っているんだ」と言った。
ペルセポリスは古代宮殿の遺跡で、僕の持つ世界地図の世界遺産リストにも載っていた。
モハンマドだけでなく、この日までに出会った地元の人たちも口を揃えて推していたので、遺跡や歴史に全く造詣のない僕も行きたいと思っていた。
「薦めはしたけど、あそこは少し遠いから一人で行くのは難しいよ」と彼は言ったが、何とかやってみるよと言って彼と別れた。

モハンマドに行き方を尋ねそびれた僕は、特に考えもなくバザールの方に向けて歩き始めた。
すると、なんとなーく声をかけてみましたという人に当たった。
「じゃあ、こちらも」と、なんとなーくペルセポリスへの行き方を尋ねてみると、その人は返事が返ってきたことに驚いたのか、「なんとなーく」な態度を改め、一所懸命に「向こうのバスターミナルからタクシーで行けるよ!」と説明してくれた。
「なんとなーくにも、返してみるもんだなぁ」とちょっとした感動を覚えながら、教えてもらった方向に歩いた。

二十分ほど歩いたところで目的のバスターミナルに着いた。
ターミナルからは長距離バスも出ているようで、建物の中に入ると窓口がたくさんあった。
適当に選んだ窓口で尋ね、そこで教えられた窓口へ行き、「ここじゃなくてあっちだよ」と言われては今度はそちらの窓口へ行き、ということを何度か繰り返したあと、窓口に見切りをつけ、乗り場に出てバスの運転手に尋ねることにした。
すると、何人目かの運転手が他のバスのところまで連れて行ってくれた。
バス運転手さん同士が何か話をしてくれているのを黙って見ていると、どうやら話がまとまったらしく、促されるままに一万五千リールを支払って乗車した。
バスに乗り込んだ瞬間、乗客から一斉に好奇の目が向けられた。
急な高視聴率に戸惑いながら、誰とも目が合わないよう軽く会釈をしながら空いていた後方の座席に腰掛けた。
すると間もなく、近くに座っていた青年から「どこに行くの?」と話しかけられた。
これをきっかけに他の乗客とも話せたことで、このバスがペルセポリス近くの大学へ向かうスクールバスであることが判った。

移動中の車内では、隣に座った男子学生が外国人の僕に興味津々で、目をキラキラさせながら「ペルセポリスで待ち合わせをしてシーラーズに一緒に帰ってさ、まちを案内したい!」と、他の男子学生を通訳にして申し出てくれた。
その様子はまるで二日前に出会ったお菓子屋で働くアリとそっくりで、悪い予感が頭をよぎりながらも、夕方にペルセポリスで待ち合わせる約束をした。

バスに乗ってから約一時間半後、バスは周りに何もないところで停車し、運転手から降りるように言われた。
「ここで降りるんですか?」と、周辺の様子から不安を覚えて尋ねると、「ここからはタクシーで行くんだ」と教えられた。
なるほど、よく見るとバスの横にタクシーが見えた。
乗り換えてから五キロほど走り、タクシーはペルセポリスの入口に到着した。

紀元前からあるとされる宮殿遺跡までの距離約二百メートル。
眼前に据えたその光景が想像を超えて壮大だったからか、僕は急な便意を催した。
周囲には公爵邸のようなホテルしかなく、貧乏旅行者然で入るのは憚られた。
しかし、生憎公衆便所も見当たらなかったので、止むを得ず中へ。
「抑えの利かぬわたくしめのこの便意をお許しください」という思いで、受付の鐘をチーンと鳴らし、やって来てくれたホテルの方に便意を伝えてトイレを使わせてもらった。
窮地を脱した僕は気を取り直して宮殿遺跡へ。

世界遺産となってはいるものの、観光客はちらほらといるくらいで、外国人観光客に限って言えば、僕を含め三、四人ほどだった。
広い遺跡内をしばらく見て回り、じんわりと満足してからタクシーを降りたところまで戻った。
半信半疑で、待ち合わせの約束をした彼が来るのを待った。
がしかし、というか、もはや案の定というか、日記を書きながら一時間近く待ったものの結局彼はやって来なかった。
「キラキラした目は信用に足らん」と心に刻み、帰りはタクシーに何人かで乗合い、シーラーズのまちまで帰った。

夕食を済ませてからモハンマドのところに戻り、今日一日の出来事を報告した。
彼も隣の小物屋のおじさんも、僕がペルセポリスまで行けたことに驚き、僕はおつかいをこなした子のように得意な気持ちになった。
一通り話をし終えると、おじさんが「あしたイランの女性と二人で観光しないかい?」と言った。
男女が二人で出かけるなんて、ここイランで大丈夫なのかと驚いて訊くと、二人とも「大丈夫だよ」と言う。
僕としては願ってもない話だったので、翌日はおじさんの知り合いだというその女性とシーラーズのまちを観光することに決まった。

そしてこの日も、我が物置部屋へ。
この夜はモハンマドが「寝る前に必ず消すんだよ!」と強く念を押しながらガスストーブを点けていってくれたので、部屋は暖かかった。
電気を消して寝袋に包まり、明日のデートに思いを巡らせながら眠りに就いた。

(『イラン シーラーズ イラン人女性とのデート』につづく


急に襲った便意。素敵な建物の素敵なトイレに助けられた。

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