イラン シラーズ① 『 おかしのおかしなアリ』

アリと会ったのはまちのサンドイッチ屋さんだった

注文したサンドイッチとミント風味の酸っぱいドリンクを飲んでいたところ、声を掛けられた。

外国人の僕に気づいたその瞬間から、彼は目をキラキラさせて話しかけてきたのだけれど、
すべてペルシャ語のため何を言っているのかがまったく分からない。
苦笑いでわからないという意思を伝えても、熱心に何かを伝えようとする「早めにデコが広がり
始めた三十代」といった彼に心動かされるものがあり、理解に努めた結果「自分はスイーツを作る
仕事をしていて、君をそこに連れて行きたい!」そう言っているらしいことがわかった。
宿を移るまでに1時間ほど余裕があったので、行く旨を伝えると彼はとても喜んだ。


改めてアリと名乗った彼は歩きながら何度も「ゲイフレンド?」と訊くので、
その度に「ノーノー」答え、いざとなったら思いっきり走る心構えで付いていった。


まちのメインストリートを抜け、城壁近くの広場に出たところで彼はタクシーを拾おうとした。
どこかに連れて行かれてしまうといった不安はキラキラした目に相殺されていたけれど、宿を移さ
なければならなかったので、タクシーを使ってまで移動をする時間はなかった。
身振りを交え時計を指しながら説明してみるものの、うまく伝わらない。
彼の顔に段々と悲しみが帯び始める。
いやアリ、えっと、たぶんそうじゃなくて、あのね・・・」と困っていたところ、
まるで必然的に近くに居合わせた英語を話すおじさんが通訳を買って出てくれた。
人を待っているというその必然おじさんのおかげで、初めて正確な意思を通じ合わせることが出来
た僕らは、時間後に再びここで会う約束をして笑顔で別れた。

ちなみに、おじさんを介してそれとなく訊いてみたところ、アリが先ほど僕にずっと訊いていたの
は「ガールフレンド?」だったとわかり、だとすると頑なに「ノーノー」と拒否していた自分の方
がそっちだと思われてしまったのではないかと思った。
 
一時間後、約束した時間ピッタリに着いた僕は、まだそこに居た必然おじさんとおしゃべりをしな
がらアリが来るのを待った。
待たされまくりのおじさん曰はく、「イランの人たちは外国人に興味津々で、きっと彼(アリ)も
君を連れて出かけてみたくて仕方ないだろう。心配しなくても大丈夫だよ」とのことだった。
 
アリは相変わらず目をキラキラさせて二十分ほどしてやって来た。
広場からタクシーを三、四回乗継ぎ(タクシーはそれぞれ走るエリアが決まっているよう
だった)、三十分ほどで彼が働いているというお店に着いた。

しかし、閉じられたシャッターは施錠されていて、それから三十分程、近くの公衆電話で電話の掛
け方講習を受けて過ごした。

再び店に行き、今度は半分開いていたシャッターをくぐって店の中に入り、ショーケースの内側を
抜け奥の大きなゴンベアに乗って二階へ。
ゴンベアの扉が縦に開くとそこには人ほどの男性がケーキや菓子パンなどを作っている光景が。
その様子に「わおっ!」と、わざとらしく声に出してみたりした。
招かれるままアリの後ろに付いていき、彼らの間をキョロキョロしながら歩いていると、四方から
パンやスイーツが手渡された。
「うわぁ!見た目ほどおいしくはないんですねぇ!」と思いなが、四つ五つ遠慮なく頂いた。
急な大量のスイーツ摂取により気持ち悪くなりながら、顔の濃いみなさんと、
えらくあまいスイーらを撮って回った。

アリの働くお菓子屋さんでは、二階でモサイ男性たちがスイーツを作っていた

存分に楽しませてもらったあと、アリは再びタクシーを乗り継いでさっき待ち合わせた城壁近くの
広場に連れて行ってくれた。とても楽しい時間をありがとうとアリに伝えると、
アリはまだ物足りない様子。その後軽食をご馳走してくれた彼は、「翌日も一緒に出掛けよう」と僕を誘った。
もちろんと僕が答えると、彼は「明日の十五二十分にまたここで!」と言ってタクシー
り込んだ。「二十分て、何だろう」そう思いながら僕はタクシーを見送った。


日記を書いて待ちぼうけ
翌日、アリは約束の時間に現れず、近くに居た偶然おじさんが貸してくれた携帯電話で電話してみると十六時にしてくれ」とのことだった。

しかし、その後十六時半になっても十七時になっても彼は現れず、日記を書いて待っていた僕は何とも言えぬ気持ちでその場をあとにした。

それから数日間おなじまちに滞在したものの、僕から連絡することもまちなかで偶然会うこともなかった。
約束をすっぽかされてしまったことを怒っていたわけではなく、むしろ彼には感謝していたけれど、あの日電話で話したとき何となくアリが案内に飽きてしまったような様子を感じたので連絡はしなかった。それでよかったと思う。